夏の句

2023夏

卯の花や無言館に血の匂い

肩揺らしでかいリックや一年生

息ついてでかいリックや一年生

幾度も昔話や蝉生る

生き過ぎが口癖となる立夏かな

松蝉や津軽三味線よく響く

海沿いを走る電車や青嵐        

ダリヤ咲く無言館には血の匂い     

赤薔薇無言館には血の匂い       

祇王寺へ爪先上がり若楓          

近づいて金木犀と見極める       

我が家は女ばかりや柏餅        

水打って見知らぬ人に遠会釈      

息切らしでかいリックの一年生   

行く程に路地の狭まり濃紫陽花    

極楽に風のありしや若楓

黄泉にての風の如しや若楓

忘れじよ勿忘草を貰いしを

乗り越しをやっと気付いて半夏生

万緑やこの世をシャイで遣り過ごす



老鶯や日蓮ゆかりの安房の寺

いつまでも治らぬシャイや心太

何時までもシャイのままなりトコロテン

心地よき日々続きおり心太       

うすものや膝を崩さぬ大女将      

バツイチの娘の縁談や半夏生

モナリザが眼を閉じて合歓の花

立葵潔い人生を送りたし

次次に丈を伸ばして立葵

てっぺんに辿り着いたり立葵

射的屋の残る街道水を打つ

射的屋の残る街道鳳仙花

射的屋の残る街道西瓜喰う

射的屋の残る湯の街西瓜喰う

射的屋の残る湯の街梅雨兆す

射的屋の残る湯の街半夏生

青嵐新しき風運びくる

老鶯や耳傾けて小言聞く

朝刊を後ろから読む半夏生

帰省子をまず出迎える母の笑み      

羅を纏い益々祖母であり          

買い言葉こらえて掛けるサングラス    

射的屋の残る街道半夏生        

半夏生白の世界に紛れ込む   

かなかなややがて紛れて樹々の中

早川の次は根府川次は夏

打ち水をしながらふっと思いごと

打ち水をしながらふとあらぬ事

海の色たちまち変わる黒揚羽

実家より元気かいかと桃届く

早川の次は根府川晩夏光

生命線辿れば其処に晩夏かな

悪友と仲直りする晩夏かな

炎天を吐いて焼酎買いに出る

その話元に戻してトコロテン

狂い咲きしたるが如き夏の蝶

蝉時雨とは斯くの如きと思い知る

江ノ電で別れたあいつ晩夏光

水打って至福の時を持ちにけり

立葵事切れるまで天を指す

これよりは車馬を禁ずる立葵

秋刀魚焼いて今日細君の機嫌良し   

かなかなや胆管結石取り除く     

高階が終の住処や蝸牛        

生命線つくづく辿る晩夏かな       

江ノ電の信号渡る水着かな 


2022

里に色里に音あり鯉のぼり     

紫陽花の濃きも薄きも雨に佇つ   

多感なる黒き瞳や青き踏む    

父も子も少し斜めに夏帽子     

当たり前の如くに新茶届きけり 

  

七夕や吾に秘め事三つ四つ  

長梅雨や無口無骨は父譲り 

半夏生もはや白黒つける時

香水の余香に悔いある別れか

ででむしの半歩半歩の思案かな

 

青墨を更に薄めて暑気払う           

床屋からシャキシャキギッチョン今日の秋    

秋立つや富士は益々凛として          

玉子がけご飯ですます終戦忌          

指折りて余生数える炎暑かな 

         

鎌倉に踏み切り多し晩夏光     

此の道にいつ仆れても蟻の列    

錠剤の七つが八つに夏終わる    

頷けば頷き返し青蛙        



2021夏

ほとぼりのまだ冷め切らず青嵐

青嵐すいと嵯峨野を駆け巡る

迸る我と我が身に青嵐

朝顔や少年の日の大輪

かの家は男ばかりや水を打つ

 

水打ってひと時脳を休ませる

昭和の日未だ昭和を引きずって

気品よき紺の加減や杜若

一日は礫の如し竹の皮 

一日の過ぎる速さや時計草

 

衣更て何時もは避ける坂登る

衣更て何時もの道も新しき

来し方をふと振り返り衣更

新しい道を選んで衣更

杖ついて人目を避けて衣更

 

蟻の列しんしんしんと富士に向く

蟻の列ただひたすらに富士に向く

蟻の列しんしんしんと続きけり

蟻の列日陰選んで進みけり

蟻一匹ふと止まりてつぶやけり

 

蟻一匹ふと止まりて何ぞ言う

今朝もまた朝顔数え登校す

朝顔の数を数えて友忍ぶ

朝顔の数を数えて母忍ぶ

 

朝顔の数を数えて笑顔かな

朝顔の数を数えてしたり顔   

愚痴ること忘れていたり風薫る   

薫風や男は言い訳なぞせぬ

初めての杖の外出風薫る

 

評判のパン屋行列風薫る

スケッチも終わりそうなり風薫る

スケッチの子の頬紅し風薫る

薫風の特に騒がし幼稚園

薫風の特に緑や幼稚園

 

マグダナのマリヤ佇み春憂う

下駄履いて橋を渡れば風薫る

行列の出来るパン屋や風薫る

生きるとは活きることなり風薫る
意地張ってまだま永らえむ青き踏む
空蝉やさてこれからが正念場    
かの家は男ばかりや水を打つ
水打ってひと時脳を休ませる

行列の出来るパン屋や風薫る
衣更ふと来し方を振り返る     
朝顔の数を数えて今日も佳し    
蟻の列諦めもせず凝りもせず    
羅やはらりと恋を投げ捨てて
    
一日の過ぎる速さや昼寝覚     
かきつばたすらりと白き脛出して
梅雨寒や少し欠けある丹波焼 
歯に衣着せぬ女やところてん     
紫陽花や嘘も誠も情の内 
      
紫陽花や嘘も真もちらほらと     
立葵すらりと長き脛出して      
どの犬も紐に繋がれ梅雨晴間     
我無心論者なり十薬の白       
黒南風や仙崎あたりに鯨塚 
     
七夕や渡り損ねた橋のあり
爪切りを探していたる盛夏かな     
雨垂れの泰山木を伝わり来
梅雨寒や晩鐘のあと着信音       
青梅雨や最後の本屋店仕舞い
      
父の威厳遠し甚兵衛綻ぶ        
自分史の書きかけしまま梅雨上がる   
箒目に五月雨しとど銀閣寺       
端居して人の匂いを嗅ぐ夕べ      
水打てば皺の一つが消えにけり

大宰忌や三鷹上水吉祥寺
枝豆や噂話も尽き果てて
落蝉や一瞬止まる大宇宙        
迫り来る老いの足音半夏生       
寄り添って手を取り合って夏帽子
    
路地裏を歩くのが好き鳳仙花      
安らかに眠ってください原爆忌    
小海線レールの軋む晩夏かな
ラブレター読み返し居る晩夏かな 

2020夏
生まれ付きアバウト人間風薫る
目で追えぬ疾さの中や初燕
初夏や何時もながらの椀二つ
野良猫は皆ふっくらと夏に入る 
囀や結び直して靴の紐

夏燕妾は後期高齢者
せせらぎを斜めに切りて夏燕
卑弥呼来るすくりと立ちて五月来る
葱坊主ズラリズラリと交響詩
苗札に母とおんなじ名前あり

逝く春や爆睡という忘れ物
信号機青に変わりて初ツバメ
何時もならランドセル跳び夏ツバメ 
何時もならランドセル跳ぶ夏ツバメ 
何時もならランドセル跳ね夏ツバメ

何時もならランドセル交ふ夏ツバメ 
犬ふぐり歌うが如く泣く如く
勿忘草歌うが如く泣く如く
カタツムリ料理が下手な母であり
ででむしや料理が下手な母であり

ででむしやお喋り母の料理下手
囀りやお喋り母の料理下手
逝く春や懐かし母の料理下手
砂浜をしかと確かむ初夏の海
砂浜をしかと確かむ初夏の音

砂浜を踏んで確かむ初夏の音
砂浜を踏んで確かむ五月かな
聞き耳を立てて確かむ五月かな
今そこに妻の連れくる薄暑かな
もののふの腹切る跡や著莪の花

帰省して床の軋みを確かめる
秘密基地今は夏草ばかりなり
廃線の線路を跨ぎ帰省する
閂に錆の出でたる薄暑かな
どれもこれもみんなだめだよホトトギス

緑陰は中山道の宿場なり
勿忘草歌うが如く泣く如く      
新世界奏でる如し葱坊主        
遠来の友と地酒や若葉風 
さあ立夏四方の窓を開け放て
      
音のして妻連れてくる薄暑かな     
恋すてふいつものごとく水を打つ    
謝りて済むものでなしかたつむり    
囀りやお喋り上手料理下手 
交響詩奏でる如し葱坊主
 
夏蝶の乱舞横目で見て居たり
泰山木空を仰ぎて飽き足らず
頭から潜る安房海女胸厚し
歳時記の手垢まみれや青いきれ
みちのくの芭蕉の跡や青葉木菟

空蝉や期限切れたるパスポート 
ザリガニのバケツ掻く音とどまらず
みちのくの瓜実顔や早苗打つ        
その人の名が出て来ない水を打つ 
伸びをして欠伸する猫梅雨晴れ間 
     
空蝉や期限切れたるパスポート       
しばらくは無心でいたる端居かな      
短夜のいわく言い難き仔細あり
健脚の妻今どの辺り我端居
聞き役もほどほどにして五月雨るる

まだ多きなすこと残し明け易し
紫陽花や女心を推し量る
幾たびも夢の途絶えて明け易し
雨蛙息絶え絶えに雨を呼び
雨蛙雨よ雨よと首を降る

雨蛙呼びたる色は緑色
雨蛙同じ色なり草も木も
雨蛙恋するごとく雨を呼ぶ
雨蛙恋に狂うたごとく雨を乞う
五月雨の音確と確かむる

あの峠越えれば確か涼しさよ
人偲ぶごと細々と五月雨るる
マヤの人にやたら逢いたし夏至る
若竹や我が面影を宿す孫
道添の朝顔どれも藍ばかり

梅雨寒や秒針刻々と進む
恋心もはや途絶えて桜桃忌
偽物の絵画買わされ桜桃忌
聞き役もほどほどにして五月雨るる
朝顔や他人の空似かもしれぬ 
     
まだ多きなすこと残し明け易し
五月雨やお喋り上手料理下手
七夕やベガアルタイル織女彦
七夕や星にも色の見えた頃
七夕やあの頃見えた星の色

駆け引きはもうこれっきり桜桃忌    
短夜のいわく言い難き仔細あり     
鞘当てをしたりされたり桜桃忌     
朝顔によく似た人と交わす笑み       
朝顔によく似た人の黒子かな
       
朝顔によく似た人と別れけり
朝顔によく似た人と遠会釈       
七夕の夜はぬる燗がよかるべし
水打ちし格好のまま遠会釈       
聞き役も板についたり五月雨るる
   
立葵どこか母似の立ち姿
立葵ちらりと母の面影を
ただ天へ天へ天へと立葵
伸び切って天に届くや立葵
何かわけ有るや佇む立葵

何かわけ有るごとくや立葵
呼び鈴が壊れていたり立葵
習志野の空懐かしや立葵
習志野の寮のあたりや立葵
雨ばかりなれどすくっと立葵

山水を掬って飲みし時涼し
かたつむり我が人生は走馬灯
友の訃に合掌すればかたつむり
かたつむり我は我にて生き尽くす
かたつむり我は我にて永からむ

その先は生か死とぞよかたつむり
大空へドレミファソラシド立葵     
話したくない日ありけりカタツムリ   
江ノ電の線路に沿いて立葵
その中に白もありけり立葵

立葵雨に鐘声かすかなり
かたつむり我に助言は不要なり
今日一日一日終えたりかたつむり
コロナ渦のことはさておきかたつむり
その先は行き止まりなりかたつむり

引き返すこともありけりかたつむり
話したくない日もありてカタツムリ 
晩年となりて幾とせ桐の花 
あの世かと思えば此の世昼寝覚    
亡き母のお小言らしや昼寝覚 


2019年
平成をしずしず閉じるかたつむり
蒲公英の絮飛び来れば旅ごころ
のどけしや大島指して白い船
こぼれくる初夏の光や箱根道
奔放な万葉かなや春惜しむ

憂きことも華やぐことも春惜しむ
竹林を彷徨い歩き春惜しむ
空は青海は紺碧風薫る
野も山も色増えて来てかげろえり
鴨川につくしぼうぼう京言葉 

お地蔵の帽子ななめや風薫る
お地蔵の帽子真っ赤や風薫る
藍染の暖簾分ければ京言葉
野も山も色増えて来る立夏かな     
故郷の新緑沁みる青さかな

旧友の肩少し垂れ梅雨深し
万緑をポツンと抜けし仏かな
万緑を突き抜け大き仏かな
若竹や細くて長き白い脛
本堂を出て鐘楼へ蟻の列

釣鐘の下真っ直ぐに蟻の列
水飲める猫の上目や梅雨晴間 
ピリと立つ孫の背筋や立葵
海越えて安房の鶯聴きに行く
梅雨深む江ノ電ギシと唸りけり

足裏の異様に気づく梅雨最中
片耳を立て探しけり梅雨の音
故郷の新緑ことに青きかな
故郷の新緑濃緑薄緑
梅雨明けの空眺めてる鴉かな

十薬や無頼を通し続けおり
梅雨深み江ノ電軋み通りけり
炎天を愚直な男やってくる
後ろめたきこと無くは無し桜桃忌   
青嵐藪から棒に悪友来 
       
鐘楼の真下しずしず蟻の列      
万緑を借景にして寝釈迦かな     
ピチピチと水飲む猫や梅雨晴間    
ご無沙汰と藪から棒にさくらんぼ
騒がしいばかりとなれる夏祭

山門に作務僧の立つ炎暑かな
音沙汰の絶えし友よりサクランボ
菜種梅雨あくびに続きまたあくび
白靴や湖西に残る古代文字
卯波打つ浮御堂立つ桁にかな

物言えば倍返しなり梅雨しとど
しんしんと足音残す蟻の列
身の程をつと知らぬ蝦蟇かな
身の程を知らぬらしきや蝦蟇
ビル谷間祭り囃子の通りけり

蟻の列太陽めがけ進みけり
青梅雨や近頃稀な女文字
青梅雨や艶やかなりし女文字
身の程を知らぬ存ぜぬ蝦蟇       
青梅雨や滲みの多き女文字 
      
二度寝して覚めれば梅雨の晴間かな   
益々の無口となりて桜桃忌       
晴天のクチナシにふと振り返る
夏草の中にひっそり父母眠る       
橋桁の向こう浅草夏祭り
         
磊落な男黙して原爆忌          
大股に来て香水の香を零す        
佳の人の残暑見舞いも途絶えけり     
残暑とはこれほどのもの痩せ我慢
うかうかと残暑見舞いも忘れけり
うかうかとしてより惜しむ晩夏かな

俎板に残る鱗や晩夏光
緑陰を巫女駆け抜ける夕焼けかな     
江ノ電のギシギシ軋み晩夏光       

2018年
彼方此方にぶつけてばかり春深し
朝湯して野球を観てる子どもの日
朝湯して新緑浴びてみどりの日
朝湯して翔平観てる子どもの日
猫と犬顔つき合わす薄暑かな
土牢に人の気配や五月雨るる
錠剤を七粒飲んで春惜しむ
新緑と海と空見て深呼吸
逝く春や日毎につのる足の萎   
風の道つぎつぎ作る初つばめ   
土牢に人の気配や梅雨兆す    
薫風を纏ひ箱根を縫ひ歩く    
新緑をリス渡りゆく建長寺    
江ノ電の通り過ぎたる薄暑かな
早川の次は根府川梅雨に入る
紫陽花やしきりに昔想い出す
同窓会の通知が届く薄暑かな
まだ取れぬ足のむくみや梅雨に入る
万緑の中辿り着く万葉亭
万緑やまた読み返す旅日記
オオルリはなべて長調小海線
甲斐駒の青嵐なむ小海線
さるおがせ鎌倉山に青大将
黒猫の薄目を開ける薄暑かな
膨らんで膨らみ過ぎて七変化
秘め事を秘めし如くや七変化
古傷の痛み和らぎ梅雨晴れ間
秘め事を秘めし如くや半夏生
羅をふわりと纏う菩薩かな
故郷の父母に供える新茶かな
青墨の程よく滲み梅雨に入る
朝顔や頬ふっくらと祇王祇女
沙羅双樹ふふと微笑む祇王祇女
短夜や闇にとろけて京言葉
格子戸にそう朝顔や京なまり
不器用は生まれつきなり青嵐
不器用は生まれつきなり水馬
短夜や小言の絶えぬ母の夢
心太いまだ青二才にて候
打水やいまだ青二才にて候
空梅雨や強羅の坂を登りきる
鳩の中鳩降り立って梅雨明ける
梅雨明けや鳩の降り立つ鳩の中
筋書きも粗筋もなしカタツムリ
朝顔や格子に漏れる京言葉
青梅雨の銅鐘重く届きけり
河童忌やまま青二才にて候
拝啓も敬具もなくてかたつむり
不器用は生まれつきなり心太


2017
何度でも水辺を打ちて夏燕
富士映す一枚毎の植田かな
頑固さも少し和らぎ風薫る
海月ふわりふわり無言を徹しけり
陽炎の中へ江の電消え行けり

氏素性無きを喚けり蝦蟇蛙
海に日の落ちて頻りや蝦蟇蛙
海に日の落ちて騒がし蝦蟇蛙
駆け出して転んで起きて子供の日
早苗田の一枚一枚富士映す

吊り橋の大きく揺れる立夏かな
旅心湧き出て止まぬ端居かな
いっときは時忘れたる端居かな。
気がつけば爪切っている薄暑かな
道標の文字掠れやみちおしえ

まいまいのくるりくるりと八十路来る
旅果てて想い出手繰る芋焼酎
老鶯や貴船神社の水占い
妻の背の丸くなりたる端居かな
母の背に乗りし記憶や芋焼酎

母の背の温き記憶や芋焼酎
バラの香の中を双子のベビーカー
訃報来る突如乱れる蟻の列
焼酎の銘柄選ぶ薄暑かな
扇置く怒り鎮める為に置く

飛ぶ如く尼僧の如く蟻の列
眼鏡拭く指先白し梅雨の冷え
老骨を奥湯河原で暑気払い
幾度ぞこれが最後と暑気払い
次々に話題が飛んで暑気払い

梅雨寒やごしごしごしと眼鏡拭く
水打って三途の川を確かめる
気が付けば月に斑雲月見草
鮎釣りのその身支度の物々し
一風が飛天の如し今年竹

ふと頬を過る一風今年竹
暑気払い話題は三途の川の事
飛ぶ如く惑える如く蟻の列
花空木話せば判る事なのに
羅をきらりと纏う女将かな

誰にでも母の有りけり法師蝉
誰にでも母の有りけり太宰の忌
空と海分けて大島今朝の秋
鎌倉に踏み切り多し晩夏光
行き過ぎる少女に夏の匂いかな

柿若葉誰にでも有る反抗期
ツケの利く居酒屋減りて冷奴
遂に聞かぬ父の本音や夕端居


2016
立葵どこか母似の佇まい
富士からの水青々と代田掻く
葱坊主頷き合いて居る如し
タンポポの絮ふくらんで風を待つ
なんとまあ大きな口や燕の子 

川沿いを海まで歩き風薫る
川沿いを海まで歩き春惜しむ
蟻の列時にはみだす二三匹

笑顔居て泣き面も居て桜桃忌
人の名をまた忘れたる蛍の夜
囀りと瀬音の遠く近くかな
夏座敷はなし途切れて風動く
老鶯や文字の掠れし道しるべ   
梅雨晴れの海に海色戻りけり 

犬が舌だらりと垂らす暑さかな               
老鶯の一丁ほどを鳴き止まず                 
弧を描く鳶の番や梅雨明ける                 
大盛りの白いご飯や雲の峰         
公園に子と犬走る梅雨晴間                     

鎌倉や紫陽花映るにはたずみ
土用入ともかく旨い米を買う
ハマナスの花言葉や一期一会

弧を描く鳶の番や梅雨明ける
公園に子と犬走る今日の秋
大盛りの白いご飯や敗戦忌


2015
大の字で二度寝むさぼる晩夏かな
山の匂い川の匂いや夏料理
よく動く女医先生の素足かな
何時迄も無芸大食トコロテン
土壁の高さを超えて百日紅

浅草の梅雨を駈け抜く人力車      
梅雨寒や釦の一つ取れしまま      
水打って路地に街騒戻りけり      
半夏生朝一番の風入れる        
紫陽花の奥よりショパン流れ来し 

俎板に鱗張り付く立夏かな      
畳屋は街に一軒明け易し       
落日を海に収めて梅雨に入る     
すっと出ぬ挨拶言葉木下闇      
雲縫いて光の束や梅雨晴間      

逝く春や誰も彼もにある故郷     
今着きし封書を開く薄暑かな     
残りたる時間に限り日脚のぶ     
昼間から開く居酒屋街薄暑      
アルバムに故人の多し春惜しむ    


2014
猫が鳥くわえて来たり桜桃忌
向日葵のカサカサ空を焦がしけり
向日葵や萎れて人の方を向く
向日葵や益々つのる神頼み
外人に道問われたる薄暑かな
薄情と妻に言われて桜桃忌
のめり込むことも無くなり桜桃忌

妻語り夫頷く桜桃忌        
短夜や天気予報のあと時報     
葉桜や強羅一番坂二番坂      
空梅雨やピカソの青の時が好き   
十薬や不器用なれど恙無し

十薬や生きてこの方持病なし      
みちおしえまだ定まらぬ我が行方    
なんとまあ大きな口や燕の子      
折り合いのまだ付かぬまま梅雨に入る  
耳鳴りの途絶えぬ日なり半夏生     

半夏生己が毒気を払わねば     
憲法のことはさておき昼寝さむ   
風鈴の一つ動けば皆動く      
安曇野の地蔵に添いて捩り花    
繰り言も愚痴も途絶えて百日紅   

その昔手紙燃やせし晩夏かな    
一山の深きを鳴けり油蝉      
七夕や人生まれ来て人を恋ふ    
踊りの輪縮んで伸びてまた縮む   
まだ少し余韻を残し祭果つ
     

2013

娘二人音沙汰鈍き端午かな      

襟足の白の眩しき更衣         

母の日となるといつでも畏まる     

出し抜けに苦手の人に逢ひ薄暑     

古茶新茶些事に拘る性抜けず  



2012
二粒が佳し安曇野のサクランボ 
  
蛍舞ふ二匹三匹まで数ふ      
鏡みて父に似て来し暑さかな    
行く先は故郷なりや蝸牛      
神宿しいるかも知れぬ蝸牛     
終電の人影薄き晩夏かな

耳掻いてなおまだ痒き晩夏かな
忘れ物確かめている晩夏かな
みんみんや何時もの言葉出て来ない
懐の乾きさながら晩夏かな
爽やかや墓など要らぬと言い放つ

坊さんも列に加わる踊りかな
釣り人の釣れたるを見ぬ秋の暮
古酒交し絆益々深まりぬ
塩少し振って枝豆茹で上がる
口数の少なき人と古酒交す


2011年
御神籤は紺色と出て濃紫陽花   
青竹や我より先に逝きし人   
アジサイや母奔放を全うす   
行く先は紫陽花の咲くあのあたり   
伊豆下田五月雨れているばかりなり   

二つぶが佳し安曇野のサクランボ
蛍舞ふ二匹三匹まで数ふ      
鏡みて父に似て来し暑さかな    
行く先は故郷なりや蝸牛      
神宿しいるかも知れぬ蝸牛     

葱坊主おのれの丈を知りにけり   

鎌倉の牡丹とりわけ静かなり    
江ノ電の駅も路線も若葉かな    
ゆったりと言の葉つなぎ若楓     
駆けてきて駆けて行きけり五月の子



2010年
衣替え少女女になりにけり
買って出るお膳奉行や暑気払い
大女将膝を正して夏座敷
大女将膝を崩して夏座敷

紫陽花や手鞠の中に秘めしこと
向日葵や少年突如宙返り
待ち人のまだ現われぬ薄暑かな   
真ん中に子を吊り初夏の若夫婦   
スルリスルリ変わる話題や若葉風



2009年
手土産の色紐解けば梅雨明ける
懐かしき人に逢ひけり星祭
梅雨明や海に戻りし海の色
床の間に良寛を下げ半夏生
紫陽花の奥よりショパン流れ来し

遠吠えの頻りに続く昭和の日
囀りと瀬音の遠く近くかな
鈍行が止まれば若葉風そよぐ
近付けば近寄ってくる目高かな
夕焼やゆびきりげんまンしてバィバィ


2008年
モジリアニ観て朧夜に紛れけり
暮れなずむ虚空に垂るる鯉のぼり
電話魔の電話来る頃日の永し
遠景は爺と婆組む茶摘かな

たなごころ眺めていたる遅日かな
紫陽花や別れる為に人恋す
二度までも目覚めうつろや明け易し
母と梅叩き落しし日を想う
黒南風は大海原を集めけり

半夏生お膳奉行を買って出る
むらさきの短冊もあり七夕竹
老鶯や閉ざれしままの長屋門
鎌倉の水色深し梅雨深し
空蝉をつまんで募る慈悲心

2007年
歯医者出て念力ゆるむ炎暑かな  
老鶯や安土小谷に城は無し    
梅雨明や野良猫仔猫連れで来る  
炎天を蟲好かぬ奴やって来る   
水打てばつと紅顔の郵便夫 

茶の畝の一徹までの静かかな
廃嫡をして幾歳や蝦蟇蛙     
逝く春ややや右向いて眠る癖   
新樹新樹どこもかしこも新樹新樹 
開宴の挨拶長き薄暑かな      
たっぷりと墨濃くしたる夏書かな 


2006年
楚々と来てクルクル回る日傘かな 
甚平を着れば男に戻りけり    
このあたり古墳の跡や梅雨深々  
端居してもの見えぬもの見ていたり

水打って向う三軒両隣      
十薬やこのごろ嵩む負けの数   
蚕豆を食めば漂う母の味     
太宰忌や晩年過ごす家捜す      
病状は如何と問ひて夏帽子
      
一族の途絶えしあたり蛍舞う    
一窓は富士一窓は柿若葉
竹売りの次は砥ぎ屋や傘雨の忌
諍いのほつれぬままに更衣
あちこちへハミングこぼし青き踏む

2005年
思い切り薄墨にして半夏生
貧相も人相のうち半夏生
鷲掴みしてみたくなり雲の峰
梅雨深し寡黙の男なお寡黙
咲き際も散り際もよき牡丹かな

叔母が来て叔父の事など若葉風
紅花の咲く頃人と別れけり
奥陸奥の風に従う植田かな
奥陸奥の懐深き青田かな
圧巻は焼筍や旅果てる

奥陸奥の青葉殊更青きかな
人呼んでいたるが如き河鹿かな
飲み疲れ語り疲れて河鹿かな
陸奥新緑ますます判官びいきなり
我が家には跡取り居るぞ鯉幟

薫風やコトコトコトと万歩計
惜春や電話にコイン落ちる音
橋渡るとき遠足の列縮む
行く春や源氏絵巻は玻璃の中
我が影の薄さを踏んで春惜しむ



2004年

夏料理京には京の流儀あり
夕焼けも小焼けもありし縁かな
いっときは天下取りたり三尺寝
香水の漂う人を振り返る

風鈴の一つが鳴れば全部鳴る
垣根よりぬっと入りたる裸かな
空言の底は些細や水中花
ところてん薮から棒に本題ぞ
夏座敷はなし途切れて風動く

眦を裂いて西日に向かいけり
葛餅の黄粉にややの塩加減
諍いも中途半端や心太
尺蠖は八方睨み一歩出る
心病む人と座したる暑さかな

妻語り夫頷く桜桃忌
夏簾上げて碁敵侵入す
正直に馬鹿が付きけり蝸牛
巣立ちした後は雨風吹くばかり
その後の便りは途絶え梅雨に入る

入梅の後も先にも飯を食う
足摺も室戸も霞む遍路かな
尺獲や平均年齢伸び止まず
衣更えて行き先告げず旅に出る
鎌倉の尼僧小走る薄暑かな 

浅草の路地にて迷う傘雨の忌 
見上げたる孫の背丈や柏餅 
読みさしの本積み上がる薄暑かな 
ほろ甘きあとほろ苦き新茶かな 
読みさしの本溜まりたる薄暑かな

日一日鳥の巣を観るつつがかな
老舗閉じ行き交う人は衣更
母の日の母の軽さを偲びけり
燃え出ずる青葉若葉や古戦場
真実は一つなりけり桐の花

2003年

老鶯や文字の掠れし道しるべ   
梅雨晴れの海に海色戻りけり   
世事疎き身にも世事あり昼寝覚む 
水打って成さねばならぬ事も無し 
居住まいの父に似てくる端居かな 

罌粟坊主むかし毒舌なりしかな  
ひゃっくりの止まらぬままに梅雨に入る  
尺獲や年金暮らし恙無し        

すっと出ぬ挨拶言葉蟻の列        
衣更えて他人の顔になりにけり
鞦韆の空に近づくとき跳ねる
母の日やカーネーションを抱く茶髪
てにをはの一つ拘る立夏かな

2002年以前

父の日の事には触れず電話来る
十薬やしかと身に付く怠け癖
へぼ将棋一進一退明け易し
葉桜や今日二つ目の忘れ物
熱帯魚ひらりと見せる腹の底

植木屋が天に物言う立夏かな
釣銭の一つをこぼす炎暑かな
キャンプ場の匂いいっぱい持ち帰る
炎天や髭ぼうぼうの男くる
蟻の列昔百姓一葵あり

母の味する空豆の届きけり
のめりこむことも無くなり桜桃忌
大西日赤信号の続きおり
青柿や丹波笹山丹波焼
青梅雨や銭出して買う猫の餌

水打ちし格好のまま遠会釈
打ち水や男盛りをやや過ぎて
竹落ち葉かさりと人の匂いする
竹落葉耳掻棒の見つからず
竹落葉悲しきことは母の老い

田草取る男とりわけ静かなり
懐かしき顔の会いけり葱坊主
母の日や一日植木の手入れする
エンパイヤーステイトビル霧霧霧
ニューヨークの夕焼さびし過ぎるかな

葉桜やつくづく白きなまこ壁
尺獲りや諍いもなし財もなし
穀象を真中に置きて世界地図
十薬や器を知りて恙なし