秋の句

2023

故郷に伯父叔母もなし盆の月

夜も昼も寝てばかりなり月天心

花火今天天天に満開なり

吾亦紅咲き満ちたれば尚寂し

吾亦紅咲き乱れたるは尚寂し

稜線に白雲の立ち秋立ちぬ

後手に十六夜を見る齢なり

実家より大きな梨の届きけり

秋風の来て暫しとどまるたなごころ

コスモスよ我の孤独に気付きしか

咽び泣く土偶の足は一つなり

小気味良き母の江戸弁西瓜

今日ありて明日もありけり鰯雲

一生を泳ぎて暮らす水馬

萩少し花泥棒になりにけり

新涼や心通える友一人

みぞおちに頻り手の行く残暑かな

ヨチヨチの児に手を鳴らし天高し   

牧水の歌碑に三つ四つ新松子     

まだ白きうちに恋せん酔芙蓉
     

萩一枝手折りていたり花泥棒     

銀漢や叶わぬ思い二つ三つ      

満月に静脈の如きものあり

晩婚の娘の破顔居待月

赤蜻蛉赤鮮やかは雄ならむ

今年酒ついさっきまで禁酒なり

小鳥来てふいと一声落としけり

放哉を一気に書きて硯洗う

もう墓所へ歩けぬ足や吾亦紅

草紅葉涙もろきは母譲り

モディリアニ眺めし後の吾亦紅

露草の紺に尽きせぬ思いあり

採血の血管細し曼珠沙華
     

小鳥来て我の元気を確かめる
    

安曇野を赤に染みたり赤蜻蛉

        

寂しきを一点にして木守柿
    

寂しきを人に告げたり木守柿
     

老人の果てはともあれ草紅葉 
   

小鳥来てふいと一声残しけり
    

安曇野の赤鮮やかや赤蜻蛉 

    

安曇野のデスペア像や蔦紅葉 
   

老人の果てはなんぞや草紅葉
    

寂しきを点に集めて木守柿 

晩菊や膝崩したる大女将

晩秋やカレーライスの舌ごこち

静かなるものの一つや菊人形

庭師来て鋏の音や菊日和

断酒虚し菊酒の匂い来て

菊人形怪しきまで艶きて

黄昏てますます怪し菊人形

いよよ酒断たねばならぬ秋日和

猫の髭長くなりたる秋日和

晩秋の病窓鬼の出入口

晩秋や三々五々の足湯客

晩秋の野を歩きけり歌いけり

晩菊や女叩きて帯締める

晩菊や膝崩したる大女将

断酒虚し菊酒の匂い来て

母の忌や母の味なる菊膾

晩菊や母より聞きし祖母の事

秋麗や脛はみ出して駆けて来る

遺言に一行足して文化の日

 



2022

さりげなく黙礼をして萩の道     

音沙汰を暫く聞かぬ木守柿      

牧水の歌碑をなぞりて新酒酌む    

麻酔から覚めて広がる秋の天     

恥じらいを仄かに残し酔芙蓉 

秋刀魚焼く近頃妻の機嫌よし   

色鳥来静御前の舞う辺り      

石蕗や石に躓く石の庭   

恋煩いしたこともあり一葉忌     

娘等は外国住まい秋刀魚焼く 
    

つわぶきの黄色が好きと輩言ふ    

小鳥来る孫の望みは運転手      


2021秋

腕組みて枯蟷螂と睨み合う      

秋麗やますます小股切上がる     

吾亦紅ぽつりぽつりと訃報あり    

鉦叩ますます闇を深くする      

白鳥来そのまま母になりにけり    

曽祖父も祖父も甘党とうがらし
カマキリは甲骨文のごときかな
鰯雲語り尽くせぬことばかり      
草笛は小諸古城によく似合ふ      
ラブレター読み返し居る晩夏かな
    
爪伸びる疾さすさまじ秋立てり     
花野行くかの懐かしき香の中を     
安曇野の小道に楚々と濃竜胆    
居酒屋で頬杖つけば酔芙蓉
鳳仙花年子の孫が飲みに来る

団栗の中の一つに陰りあり
虫の鳴くあたり覗きて二三人
独り言吐く癖ついて吾亦紅
安曇野の水澄む水をごくり飲む   
曼珠沙華今日を限りと咲き狂う 
  
吾亦紅乱々信州無言館       
余命ポツリ数えていたり吾亦紅   
旅心誘ふが如く小鳥くる 
風来ればずいと艶めく酔芙蓉
秋蝶の己の如く彷徨えり

パスポート無し免許無し小鳥くる     
水引の愛しくもあり切なきも       
早立ちの車窓に突如真白富士       
風通る道のあるらし蕎麦の花       
水切りの石のよく跳ね天高し

谷越えて晩秋の鐘届きけり
晩秋の晩鐘谷を越えて来し        
十三夜いつしか涙脆くなり        
そこに無い耳かき探す夜長かな      
来る筈の便り届かぬ神無月        
ひょんなことばかりありけり神無月


2020秋
ラベンダー天地に紺を分かちけり
蛍火や逢いたき人はいま彼方
一等の子のはにかんでおり運動会
ノッポチビデブも真顔や運動会
ノッポチビデブの眼光る運動会

ノッポチビデブの瞳や運動会
気を許すことなきもなし墓洗ふ
夏日傘ちと傾けて行き過ぎぬ
哲学を語るごとしや枯蟷螂  
蟷螂の鎌を構えしまま枯れる

蟷螂やその目に中にある故郷
雨粒の一つ一つの清しかな       
町医者のまま逝く友や露けしも     
町医者のままに逝く友露けしや 
老るとは酔ふることなり鳳仙花

甘露かな富士借景に月見草
夏草にせせらぎの音遠くなり
朝顔や亡き子の植えし種子繋ぐ
種子繋ぐ亡き子の植えし朝顔よ
釣り人の影渚まで晩夏光

端居して陰口らしき漏れ来たる
露草や貫き通す片思い
谷越えて晩鐘とどく晩夏かな
浜木綿や鈴木真砂女は安房女
秋暑し縄文土器に炎見ゆ

秋夕焼け釣り人の影長くして
公園も銀座通りも夏休み
赤蜻蛉中空に影置いて消ゆ
吐く愚痴を日記に収め秋思いま
ふるさとの縁側にある秋思かな

秋蝉の落ちてたちまち飛び去りぬ
秋蝉の落ちてたちまち裏返る
夕鐘の谷越えてくる時雨かな
夕鐘の谷越えてくる晩夏かな
一言を秘めて逝きなむ遠花火

ででむしに明日の天気を尋ねけり     
気が付けば独り言なり鰯雲     
鎌倉の萩に埋れし恋のこと      
吾亦紅歌うが如く泣く如く      
鰯雲二度とはしない話あり 

羽抜け鳥左右に揺れて駆け抜けり
頬染めて佇むばかり吾亦紅
狛犬の阿吽と泣きて秋深し
真向かいに父母の遺影や柿を剥く
鬼やんま傷心の吾と睨めっこ

草多き隣の墓を洗いけり
自分史のまだ書き終へぬ台風来
鬼やんまわが行く末を案じおり
秋連れてやって来る友抱擁す
秋深し母の遺影はそのまんま

敬老日孫と娘の菓子届く
酔芙蓉今年は見れぬ風の盆
喧嘩してもシーツ真っ白秋深し
岐れ道いずれ選ぶや吾亦紅
秋風に誘われ辿る古道かな

秋澄むとむずと聴きたし水の音
鉛筆の芯が折れない終戦忌
故郷に跡継ぎのなし吾亦紅
小鳥来る孫かと紛ふ女医先生
女医先生は孫の同級小鳥来る

指欠けし先手観音秋深む      
雨上がるその時ぬっと葉鶏頭    
中々に折れぬエンピツ終戦忌
佇めば近く遠くに秋の声       
直ぐ折れるエンピツだった終戦忌
   
文鎮の重さ確かむ今日の秋      
ところてん無口愚直に生きて来し   
あの事は内緒内緒よ女郎花      
岐れ道どっちにしよか吾亦紅     
歳時記を抱きてコロナに籠りけり

風くれば風に応える吾亦紅
鰯雲人影のなき異人墓地
初月やこの世あの世の境にて
秋憂うビュッへの黒き縦の線
人生は始まったばかり秋の蝶

人生はこれからです秋の蝶
耳に手を添いて聴き入る鉦叩
歩く度骨の音する神無月
ふと母の面影走るなすびかな
蜘蛛の巣を弄れば蜘蛛の向かい来る

虹消えてつまらぬ空となりにけり
何となくお洒落をしし神無月
どの路地も京都の路地の秋簾
ゆく秋の京都に多き簾かな
秋簾うだつの一つ欠けており

米を研ぐ白きうなじや秋簾
秋愁や子規の碑なぞる指の先   
秋憂う水琴窟を聴きしあと    
どの服も着古しばかり雁渡たる  
鉦叩次第に涙脆くなる 
     
三味の音の零れる辺り秋簾    
雁渡る疎遠となりし悪童等
悪道と疎遠となりて雁渡る
誰もかも疎遠となりて雁渡る
襖絵の花鳥風月雁渡る

蓮の実の飛んで話の途切れけり
どんぐりや肩を寄せ合う道祖神
辻褄の合わない話小鳥来る
真ん丸に寝込む三毛猫秋麗ら
彼の人と疎遠となりて雁渡る

彼の人と彼方疎遠や雁渡る      
衣擦れの音かと紛ふ落ち葉踏む     
ひたすらに佇つ虚無僧や今日の月   
いわし雲なすべきことはあと幾つ     
竜胆や弱音を吐ける人有りて

竜胆や弱音を聞いて呉れる人
大花野佇ちて弱音を吐き捨てる
気丈なる後姿や大花野


2019年
喜怒哀楽様々ありて秋に入る
爽やかや源氏ゆかりも此処に居て
待ちに待った鰯雲大好き
蜩の調べに沿って肩上下
赤まんま摘めば母の香りかな

今更に老いを拒まん晩夏光
朝顔が咲けば亡き子の母であり
よく喧嘩した姉は異国や赤まんま
ひとときの蝉鳴き止んで宴かな
甚兵衛の似合う齢となりにけり

よくまあ似合うと言われ甚兵衛
黒猫の姿を見せぬ炎暑かな
夏草の中にひっそり父母眠る
橋桁の向こう浅草夏祭り
緑陰にマリアのごとき母御座す

その頃の話禁句や鰯雲
逃げ込んだ穴の記憶終戦忌
サンバ行く路地にカンナの乱れ咲く
墓参りせねばならない彼奴と彼奴       
十字路に差し掛かるたる残暑かな
       
赤まんまよく喧嘩せり父と母       
松葉菊群れ咲くあたり母眠る
八重葎茂れるあたり母眠る
秋蝉の狂うがごときにて止む
秋蝉の狂うがごく鳴きて止む

ネクタイを締めなくなって秋に入る
新涼やノーネクタイにも慣れる
露草の黙して咲けり二つ三つ
祖父偲ぶ甚兵衛姿になりにけり
緑陰や甚兵衛姿の祖父偲ぶ

緑陰や甚平姿の祖父佇ちて
生ぬるき水も水なり原爆忌
箱根路の寄木細工や掻き氷
親友の伯父は中将終戦忌 
江ノ電の線路の揺れや晩夏光

江ノ電の線路軋むや晩夏光
厨からトトントントン涼新た
甲斐連山鮎ひたすらに落ちゆけり     
露草の二つ三つの佇まい          
手を繋ぎ来て流灯を離しけり
       
新涼や脛まで浸す貴船川
露草の愛しきまでの青さかな 
秋愁や悔やまれるあの恋のこと
新涼や今できたての水と風
銀漢や佐渡で渡りし盥船

伊豆下田白壁多し晩夏光
我が家は女ばかりや木守柿
気がつけばふと蜩の鳴き止みて
つくつくし急かされること多きこと
文鎮の重さ確かむ今日の秋

万葉の歌碑の手触り今日の秋    
捗らぬこと多き日よつくつくし   
秋蝉の天寿全うを見送りぬ     
斑鳩の里を辿れば木守柿      
新涼やいま出来たての風入れる 
  
空の紺深きこと秋深きかな
好きな色は紫なり通草開く
秋風や同じベンチに同じ人
秋麗や紙人形に目鼻なし         
赤とんぼ我と妻とを往き来
      
また一人旧友召され吾亦紅      
漱石忌腕白猫を去勢する         
色鳥や同窓会の案内状
鳥渡る同窓会の案内状
脱ぎ捨てし靴の重なり祭り果つ

唐辛子人には強み弱みあり
ふと動く五百羅漢や神の留守
秋麗や紙人形に目鼻なし         
鳥渡るとくと子離れ親離れ        
竜胆や弱音を吐ける人有りて

竜胆や弱音を聞いて呉れる人
大花野佇ちて弱音を吐き捨てる
気丈なる後姿や大花野
襖絵の花鳥風月雁渡る
蓮の実の飛んで話の途切れけり

どんぐりや肩を寄せ合う道祖神
秋風や同じベンチに同じ人
やや寒や越後湯沢で試し酒 
身に沁むや越後湯沢で試し酒
安曇野の仏訪ねて走り蕎麦

硯洗うくねる悪筆父似なり
辻褄の合わない話小鳥来る
その人の名が出てこない神の留守
真ん丸に寝込む三毛猫秋麗ら
彼の人と幾年疎遠雁渡る

彼の人と疎遠となりて雁渡る
彼の人と彼方疎遠や雁渡る       
ひたすらに佇つ虚無僧や今日の月    
いわし雲なすべきことはあと幾つ


2018年
古窓を開ければ軋み晩夏光
晩夏光余白の多き古き文
水切りの二つ三つや晩夏光
何時迄も掴めぬ夢や晩夏光
遠き日を引き摺り寄せる晩夏かな 
   
銅鐘のの響き止まらぬ晩夏かな     
釣り銭を一つこぼして晩夏かな     
お地蔵が歩き出したる炎暑かな     
水切りの三つ四つ跳ねて晩夏かな    
釣り人の一人残れる晩夏かな
      
晩夏光胸ときめきし時もあり  
サングラス帽子も少し斜めにて
炎天の女床屋で髭を剃る
青天に紅白ありて百日紅
故郷の枝豆最も旨きかな

幾たびも転勤をして巴里祭
青鷺の辺り水音ばかりなり
子宮とは男子に無縁天の川
あと十年も生き延びたしや天の川
逢瀬など遠きものなり天の川

今頃は辿り着いたか天の川
細路地を抜ければぬっと秋の海
彼奴はもう辿り着きしや天の川     
昼の月在りし辺りや大花火       
このところ訃報の多し落し文 
     
十薬やいまだ十指に傷みなし      
甚兵衛を纏えば無邪気戻りけり  
曼珠沙華極楽浄土に毒ありや
秋の夜のつぶやく如き独り言
様々な悔やみ湧き出す十三夜

鬼灯を鳴らして闊歩浅草寺
赤とんぼ群れて裾野を染めにけり
目薬を打ち損じたる夜長かな
吾亦紅つなぐ絆も点々と
次々にチャンネル変える夜長かな

新涼や波瑠戸を磨きまた磨く
打水の一擲毎の余生かな
我あてに遺品を一つ秋深む


2017年
極楽の香り運びて蓮満開
錠薬が喉に閊えて戻り梅雨
誰にでも母の有りけり太宰の忌
海と空分けて大島梅雨明ける
柿若葉誰にでも有る反抗期

鎌倉に踏み切り多し濃紫陽花
ツケの利く居酒屋減りて冷奴
遂に出ぬ父の本音や夕端居
誰にでも母の有りけり赤蜻蛉      
行き過ぎる少女の夏の匂いかな 
    
ころころと話題転がる端居かな     
鎌倉に踏み切り多し晩夏光       
蜩や誰にでも有る反抗期    
酔芙蓉古刹の庭の芯となす
間をおきて鉦叩き打つ静寂かな

廃駅に人待つごとく鉦叩き
秋晴れの日和定まる運動会
頼朝のひそみし洞や穴惑い
頼朝のひそみし洞や秋の蝶
ことさらに馬の瞳の澄む花野かな
    
赤蜻蛉その眼の中に故郷有り      
幾度も宙に止りて赤蜻蛉        
小海線どこを降りても赤蜻蛉      
ダリヤ咲く等身大の夢二の絵      
ことさらに上下左右や蜻蛉の目

赤蜻蛉その眼の中に故郷有り      
赤蜻蛉やや暫くは宙に居り
釜飯のおこげが好きや天高し
焼きグリを食う敦煌の街角で
喪の列の高さに飛びて秋の蝶

足場組む鳶に西日の容赦なし
地球儀で娘の旅先を探す秋

2016年
新涼や常より白き沖の波
空中に衒いも無くて赤蜻蛉
風鈴は色とりどりの風選ぶ
玉虫を宝としたる遠き日よ
ところてん無口愚直の我が家系

野良猫の上目遣いや秋暑し
物騒な世になりにけり穴惑
道ふさぐ萩に紅白有りにけり
稲を刈る婆の腰つき確かなり
酔芙蓉古刹の庭の芯となす

間をおきて鉦叩き打つ静寂かな
廃駅に人待つごとく鉦叩き
秋晴れの日和定まる運動会
頼朝の逃げた穴蔵秋の蝶
頼朝のひそみし洞や穴惑い

頼朝のひそみし洞や秋の蝶
ことさらに馬の瞳の澄む花野かな
赤蜻蛉その眼の中に故郷有り 
幾度も宙に止りて赤蜻蛉 
小海線どこを降りても赤蜻蛉 

ダリヤ咲く等身大の夢二の絵 
ことさらに上下左右や蜻蛉の目
色鳥や同窓会の名簿届く
新旧の五百羅漢や野紺菊
黒猫のグレーの首輪いわしぐも

返信をまたミスタッチ十三夜
居候したこといくど鉦叩
子離れをした寂しさよ野紺菊
追伸にパリに枯葉の多きこと
身ほとりに程よき音や鉦叩 
  
美丈夫に美女も加わる神輿かな  
参拝も一拍だけや神の留守    
鳥渡る彼方此方に道の駅      
たまに来る封書の重み野紺菊 
嘘つきの上手な人と秋の暮

小鳥来て窓から覗く日和かな
安曇野の夫婦地蔵や吾亦紅         
秋風やポツリポツリと世迷言  


露天風呂一人占めして涼新た
杜甫よりも李白が好きや濁り酒
日帰りの旅より戻り水を打つ
救急車近づいて来る残暑かな
樹木葬と腹を決めけり今日の秋

トンネルを抜ければ稲の穂波かな
竹林を風が過れば秋の声
カンナ燃ゆ下校の少女脛出して
鰯雲何か忘れているような
石庭に彩り添える酔芙蓉

安曇野の一両電車走り蕎麦
鎌倉の裏の抜け道吾亦紅
底抜けに蒼き青空大花野
参道を上り詰めれば秋の声
秋光がかくも柔らか千曲川
秋光がかくも柔らか小海線

樹木葬と腹を決めけり鰯雲
樹木葬と腹を決めけり9月尽
樹木葬と腹を決めけり今日の秋
日帰りの旅より戻り水を打つ
救急車近づいて来る残暑かな

菊なますその頃母の髪黒き
ゆったりと写経一行小鳥来る
逆上がり出来た少年天高し


2015
祭笛太鼓手拍子足拍子         
台風の中心に居て米を研ぐ       
長針と短針重なる神の留守       
異人墓地見てより秋の深まりぬ     
一村が釣瓶落としに染まりけり     

秋風や会いたい奴は死に急ぎ     
吊り橋の真ん中に来て秋の風     
秋風や黙って入る無言館      
秋風や最近とみに膝笑う      
安曇野の空の青さや赤蜻蛉      

夕端居病歴自慢となりにけり     
秋蝶の不意と飛び入る無人駅     
饒舌の人と相席トコロテン      
石一つケルンに添える晩夏かな    
秋風や遂に開かぬ広辞苑       


2014
新米が快気祝いと届きけり
小鳥来て我が馴れ初めをとかく言う
栗飯が美味いと向う三軒両隣
行き行きて人恋しきや大花野
逝く秋や地蔵仏に小銭置く

人影がつと忍び寄る神の留守     
手と足の爪切ってより冬支度    
鰯雲人に話せぬ事も有り      
村時雨地蔵は赤を被りけり     
芦ノ湖の霞む鳥居や初時雨     


2013
山茶花の咲き初む紅の仄かかな
その墓にそり添いて咲く野菊かな
敗荷やふと思うのは白虎隊
秋霖やゴミ捨てるのが吾が努め
シャンソンを奏でる如く枯葉散る

あちこちに痛みが走り秋の風     
錠剤の一つ転がる秋思かな      
秋の海子連れ犬連れ独りぼち     
無花果の感触祖母の如くなり     
新米をザクリとほぐす杓文字かな

萩の花我が身を削るごと散れる   

花野から花野へ雲も人も行く    

じゃんけんは何時も負けなり穴惑い   

五義民の首切り塚や稲の花      

露草の愛しきまでの青さかな    

捨て台詞残したくもなる残暑かな   

朝顔の二輪寄り添う朝かな      

原爆も原発もいや鳳仙花       

天の川出羽三山を跨ぎけり      

極暑かなだらりと双手ぶら下げて   


2012
紅き実のどれもが紅や鳥渡る
母の呼ぶ聲有りて秋時雨
秋篠の苔の蒼さや秋の雨
とうろうや何処か重なる己が影
秋草の一つ一つの名を忘れ

曼珠沙華その時そこに咲く不思議
書架の本並び替えたる良夜かな
つくつくよ何故にそんなに鳴き急ぐ
淡紅も鮮紅もよし酔芙蓉
新涼や脛まで浸す貴船川

歳時記のほつれ繕う良夜かな     
手のひらを重ねてみたき八つ手かな  
小鳥来て我に尋ねし恋の事      
渡り鳥切なきことを残しなむ     
言いたきをそこにとどめて十三夜 

碑の文字を小指でなぞる晩夏かな
原爆忌富士を見てより黙祷す
眼瞑れば赤鬼青鬼原爆忌
界隈に表札絶えてカンナ咲く
蜩や刻々変わる海の色

2011年
途方なくでかい話や大銀河 
つましくて時に艶なり吾亦紅 
稲穂満つ佐渡何処からも鬼太鼓 
香ばしき日々送り居り菊人形  
どことなく母の味する菊膾  

行き行きて佐渡は晩夏の波の上
今日の秋白きものより白くなり
何回もお辞儀する母秋暑し
吾亦紅義理欠くことの多くなり
人生を投げる話や水を打つ

みんみんや何時もの言葉出て来ない
夢だけは火星の彼方大銀河
馴れ合いの妥協はせぬぞ源五郎
石畳音無く踏んで晩夏かな
螻蛄鳴くやつまんだ塩の味加減


2010年
藍色の瑠璃の時計やふと秋思
秋蝶のかくも健気を見届ける
山茶花の垣根に沿いて車椅子
石仏の含み笑いや石蕗の花
山茶花や若奥様の里訛り

天平の壁に溶け入る赤とんぼ
斑鳩の熟柿さながら菩薩なり
おしろいの真っ白真っ赤真っ黄っ黄
牧水の歌碑をなぞれば秋の声
斑鳩の新蕎麦古き味のして

大鍋に貝や魚や大銀河  
落し文日記途絶えて幾年ぞ   
歳時記に栞を挿して夏惜しむ
大の字になりて帰省をしておりぬ
まだ療えぬ小さな傷や十三夜

秋立つや降圧剤と消化剤
母の句集そっと閉じれば蝉時雨
新涼や坂本竜馬つと笑う
朝顔の辺りに銭湯ありしかな
口あけて居並ぶ鯉や原爆忌

2009年
焼酎を薄く薄めて居待月    
成りし恋成らざる恋も望の月  
唇の頻りに乾く無月かな    

大法螺を吹けば横たう天の川       
見付からぬ診察券や穴まどい       
真更に成りたくて行く花野かな
新涼や自らほぐす肩の凝り
安曇野の畦の地蔵や赤まんま

十六夜の月見届けて墨を磨る
新涼や余白ばかりの日記帳
玉の緒のなほいとしき晩夏かな
今日の秋採りたての地魚を喰う
手を握る事も無くなり夕晩夏

友に吐く真っ赤な嘘や晩夏光      
静々と妖しく燃えて薪能        
原爆忌天に届かぬ我が拳       
山音にふと振り返り落し文       
母の肩叩きし記憶夏終わる      



2008年

朝顔のもう褐色の種宿す     
あれからの文途絶えしままや酔芙蓉
漁火の一つが揺るる晩夏かな
彼方此方に蝉落ちている仰向けに

真白も真紅もありてさるすべり
庭石の一つを跳べば木の実落つ
秋の蝶終始無言を徹しけり
鎌倉の行く先々や曼珠沙華
橋渡る前も後ろも枯薄

2007年

名月やとっておきなる廻り道  
あの路地は行き止まりなり赤まんま
辿りたる轍の跡や吾亦紅    
馬追や青き記憶の襞めくる   
少年のつもりで歩む花野かな  

鰍鳴く里の人情深きかな    
陽炎や認知症なる元兵士    
背景は青空ばかり赤とんぼ  
生きるとは生きる事なり法師蝉
なんとなく夢湧いてくる花野かな

故郷の百日紅の真っ赤かな     
戦いを知らぬ子ばかり鳳仙花    
新涼の雲となりたる信濃かな    
流灯を女が流し男佇つ       
鎌倉の空蝉重ね合いており     

 
2006年

予報する女子アナ赤い羽根挿して
掛軸の一字が読めぬ夜長かな
漁火の一つ漂い秋深し
十月やあれもこれもと遣り残し
人恋し酒も恋しや酔芙蓉

紺色の音出している法師蝉
李白など広げてみたる夜長かな
国宝が前景なりし薄かな
色恋のあり余りたる花野かな
一生を決める話や秋刀魚焼く

他人事のように出てくる守宮かな
銀漢や渡りてみたき橋一つ
やたら火を燃やしたくなる晩夏かな
疎遠なるお隣さんの木槿かな
水引や点点点と日々日々日々

2005年

コスモスや客一人待つ無人駅
二つある案山子一つが泣きにけり
そよときて石になりたり秋の風
うたた寝てカネタタキ聞きバッハ聴き

茶柱を確かめてより今日の月
新涼や草刈鎌の錆落とす
爽やかや残すものなき身のまわり
新豆腐ゆらりと揺れて止まりけり
あれこれと語り過ぎたる夜長かな

乗換えの駅に着きたる暑さかな
遠花火男二十八歳逝く
炎天を雲水が来て赤信号
いつもより日差しの強し原爆忌
小田原を過ぎて益々残暑かな

2004年

夕焼けを横切ってゆく黒揚羽
便りして後は待つのみ十三夜
露草の紺にたじろぐ齢かな
けら鳴けばはたと気になる無精髭
京よりも大阪せわし西鶴忌

四国への架け橋増えし子規忌かな
讃岐には溜池多し唐辛子
何時よりか無口が性や夕月夜
かなかなも途切れ途切れになりにけり
予報士の胸元豊か天高し

虫時雨天気予報を流し見る
蜩は助命を乞うておるごとし
鉦叩深きは人の深さなり
何時よりか無口が性や十三夜
馬追を聞きながら青墨で書く

薬指つと痺れたる晩夏かな
西口を上って下りる大暑かな
青栗を蹴り蹴り下る男坂

福引券雨にまみれて祭り果つ
浴衣着て益々小股切れ上がる
片陰の悲しきまでの一人かな
ステテコや憚り切れぬ世間体
百日紅まだ極楽の夢をみず



2003年

爽やかや首一つ出る子の背丈
秋茄子や益々肥えし恋女房

生甲斐の変わりつつあり障子張る
草虱ひとこと多き奴と居る
一山を裏返したる野分かな
菊なますその頃母の髪黒き
身に余る日々続きけり菊日和

2002年以前

おしろいのどかりと咲いて妻帰る
窓枠を富士はみだしてとろろ喰う
玉虫や箪笥のおくにある記憶

秋の海やがて釣り人ばかりなり
くるびしをつけて確かむ秋の海
秋時雨子規絶筆の三句かな
秋深し人間ドックに停泊す
愚痴一つ二つで止める十三夜

十三夜駆け込み寺は谷の底
十六夜の月昇り切り腹決まる
いさかいてバッハ聞きカネタタキ聞き
新涼や青墨で書く一行詩
神無月真昼の電灯ともりけり

赤トンボ光集めている如し
あの橋を渡れば赤のまんまかな
馬追は追憶と云う字が似合う
晩秋の富士全貌は大き過ぎる
晩秋の夜汽車財布を無くしけり

文化の日木簡あまた出しかな
露草の紺見て勇気涌いて来る
飲み掛けの茶に柱あり松手入
十月やうまいものより先に食ふ
秋風やひとつ余計なことを言ふ

残る虫逢う約束をほごにして
花野から花野に抜けて振り向かず